妻に意思を聞くまでもありません!
故に、人間であるあなたにも、
絶対に理解出来ないと思ってます。
題名 - 妻に意思を聞くまでもありません!
投稿C
物に拘り過ぎです。
> テキサス人に聞きたい。
> 銃がテキサス人の誇りであり、魂であるというのなら、テキサスの人は、なぜこの現実に平然として居られるのか?
> 今、この瞬間にもスーパーやディスカウントショップのショーケースで、わずか数十ドルでテキサス人の誇りが、魂が、生命に対する愛も畏敬の念も持たない人に、食料品のように売られている。
> 誇りや魂を傷つけ、汚されて、何故黙っていられるのか・・・。
テキサス人では無いけれど、平気な理由は分かります。
「誇り」は、物体としての銃ではなく、使いこなす技術と、必要なときに使う「勇気」、そして不要な場面では「使わない勇気」なのです。
スーパーで平然と売っているのは、人々がそれらを備えている証拠であり、むしろ誇らしいことでしょう。
逆に規制されるなら、人々が「勇気」を失ったと言う事です。
車だって、少しハンドル捌きを間違えただけで人をころす鉄の塊、つまり「凶器」です。
でも、それがチョイ値が張るだけで、好きに買えます。
実態は銃と大差ありません。
で、「車が誇り」な人は一杯居るでしょう。
その人達は、ディーラーで同車種が飾ってあっても、別に汚されたとは思わない筈です。
どちらも同じ、物体としては、人をころせる鉄の塊なんです。
ついでに、両極端な銃規制と同じく、飲酒運転の規制も人の問題です。
結果も、銃規制と同じでしょう。
個人的には、人々が「飲まない勇気」を持つことを望みますが、現状では遠そうです。
題名 - 妻に意思を聞くまでもありません!
投稿C
> あなたは、【縁】を勘違いしています。
> 私は当然や偶然の中にある、あなたには理解できない【必然】を、全身で感じています。
あなたは、「必然」を勘違いしています。
過去に遡れば必然は存在するが、それをそのまま未来に延長するのは間違った考えです。
未来は「不確定」であり、それを変え得るのは「現在」だけなんです。
これは、経済に於いても同じなのですが、それを誤解したのが現状の姿です。
> 話は変わりますが私は、人間が到達できる学問や知識で、魂や宇宙を理解するのは出来ないと思うのです。
私もそう思ってます。
故に、人間であるあなたにも、絶対に理解出来ないと思ってます。
> 科学者と信仰者の討論を聞いていても、【証明できないものは存在しない】と言わんばかりです。
正しい考えは、「存在しない物を人に押し付けない」だと思いますが。
「存在しない物を売りつける」のは、詐欺行為そのものです。
そして、主観的に存在を認識出来なければ、当人にとっては、事実それは存在しないのです。
正当な科学は、万人が認識可能な事象だけを扱います。
客観的に認識出来ない事柄は科学の範囲外であり、一切扱いません。
当然の結果として、主観的存在である「魂」を扱う科学的理論は存在しません。
#存在しないのは「理論」であって、「魂」そのものではありません
> 人類が宇宙の一部であるという方もいらっしゃいますが、人間が宇宙の一部と言うなら、爪や皮膚と同様に一部であると言うなら、人間とは何なのか?宇宙は一体どうなっているのか・・・などと、ほんの一部でしかない我々が考える不思議がなんなのでしょう?在りし日のアインシュタイン曰くですが。
> 感じること、感じている事が大事であり、今の私には【感性】がすべてです。
また、一部だけを取り出してますねぇ。
当然ですが、アインシュタインは、一般相対論を完全に理解していました。
その上での発言だということに気を付けなければいけません。
ちなみに、一般相対論は、非ユークリッド幾何学で記述されます。
その成果物「アインシュタイン方程式」は、数学記号で簡単に見えるけれど、実は何十ページにも及ぶ、余りにも巨大な数式です。
到底人類には、全容を把握出来る代物ではありません。
それを使って「全てを相対化」したので、絶対的基準として、自身の感性しか残らないのです。
一方、肉体は、強烈な物理的実在物です。
そして、アインシュタインは優秀な理論物理学者でした。
故に、肉体は(当時の水準で)完全に自身の管理下にあったのです。
個人的に、自身の肉体を管理出来て居ない者に、精神を語る資格は無いと思ってます。
そして、現在の知識水準では、細胞一つですら満足に制御出来ません。
> その頃、当人達は何をしていたのでしょうか?について。
> あなたの考えておられるような事では、ありませんでした。
> 結婚した私ですが、つい最近まで成立したのではなく、今も、これからもです。
つまり、今も、これからも、流されて生きるということでしょうか?
> そもそも妻に、意思を聞くまでもありません。
つまり、自身の考えを奥さんに押し付け続けるということですか?
> 宇宙は、とても美しく、感動を覚える世界です。
これは、同感です。
> 我々が写真で見る宇宙では、その美しさのほんの少ししか判りません。
そして、余りに悍ましいその実態は、全く映っていません。
> 科学や学問、知識を広めるのは良いけれど、特別な訓練と教育、宇宙に行くには必要なんだと誰かが決めたプログラムをマスターして、そんな人が宇宙飛行士として宇宙に行くのは大反対です。
余りに宇宙を舐めてます。
一瞬の判断ミスで約束された即死が待っており、救援を期待することは不可能です。
その危険性は、冬期登山以上のものが在ります。
しかも、登山と違って、使う機械は、兆単位の開発費を投じ、一回上がるだけで数十億掛かる代物です。
何万と云う人々が苦労して作り上げた物です。
でも、スイッチ一つ間違えただけで全て霧散してしまう、そんな物を何の訓練もしていない者に扱わせるのは、完全に間違ってます。
> これからの時代、そこへ行くべき人は、宗教家や詩人であって欲しい。
自ら宇宙に上がる力の無い、無能な人々には、行って欲しく無いです。
自力で上がるから意味があるのです。
圧倒的科学力だけが、肉体を宇宙に上げる事を可能にします。
でも、帰ってきた人が、宗教家や詩人になることは否定しません。
理想は、両方を備えた人が上がることですが、現時点では、該当者が存在しません。