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伝家の宝刀とは(でんかのほうとう) - 提供「価値辞典」

伝家の宝刀(でんかのほうとう)とは?さて、自分にとっての次なる伝家の宝刀とは何だろう。そうか!そう言えば「自分の遣りたいことをする」という伝家の宝刀は、一度も抜いたことが無い。ということは自分の抜くべき伝家の宝刀が自ずと分かるというもの。

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伝家の宝刀とは?(でんかのほうとう) - 提供「価値辞典」


伝家の宝刀


いい大人になったのだからと無理をして背伸びをし、常識人たる世辞や決まり文句を交えた格好の良いきれいな口上や、専門知識と専門用語で理論武装をした上で構築した論理を引っ提(さ)げて世間に打って出たものの、いわゆる頭の切れると言われる人達には歯が立たず、急拵(ごしら)えで装った偽りのメッキは、その度々に見事に剥がされて行くのです。



記憶もので挑戦すれども同じこと、頭の良いとされる人々の足元には遠く及ばず、勝敗で言えば、今日まで敗戦、敗戦の連続、負け続けることは現在も進行中であり、そして、これからもずっと続いて行くことなのです。

正々堂々の真っ向勝負は無駄であることを悟り、それでは理屈の通らない不条理不合理の世界、口喧嘩に持ち込み一矢を報いようと思えども、やはり頭の回転の速い、冴えた人間には敵いません。



敵わないと言うか、相手にして貰えないというのが正直なところのようです。それではと、頭や口を使うのを止めて、体や体力で勝負しようと思い付けども、スポーツ選手として人より抜きん出る自信は無く、元より気力も体力も無い訳で、そんなことより元々の能力自体に欠落が有るのです。

己の持てるものでは勝負のしようが無いと一計を案じ始めたものの、自分にはお金の持ち合わせも無く、頼みの身内も貧乏暮らし、それじゃー、地位や名声がどこかに落ちてはいないかと家中を探し回してみるものの、落ちている訳など無いのです。

自力も駄目、他力本願でも駄目となれば、もう手も足も出せない状況となってしまい、もちろん、会社の出世競争に於いても、あらゆる能力に長けた有名大学出の彼らには、為す術もありません。



単に負けるという事実だけなら、彼らも人事異動により、いつかは我が視界から消えて無くなる訳で、小さい時分より幸か不幸か動物的直感で身に付けてしまった、「自分のみが、ただひたすら我慢する」という保身の術をもってすれば、取るに足りなく何でもない瑣末な事なのですが、社会において競争に敗れるということの意味するものが、結局お金の量で負けることなのだと、幼い頃からの競争は、お金獲得競争であったのだと、己の浅はかな脳みそでも遅蒔きながら分かるようになれば、「お金こそすべて」という価値観しか持ち合わせのない我が身にとっては、全く持って我慢ならない事態なのであります。



会社に忠誠を誓わせトータル的なコストダウンを図れる、という雇い側の狙いは有るにしても、同じ思いを抱いた雇われ側の先人達は、ここで知恵を絞っています。

腹が立ってどうにも我慢ならず、爆発して自己崩壊しそうな状況から、百戦百敗でも、ひたすら我慢すれば、なんとか生きて行かれるシステムへと作り変えて来たのです。

それが、終身雇用、年功賃金というシステムです。



若い頃ならいざ知らず、年を取ってまでも、いちいち戦わなければならないのでは、少々辛いものがあります。

戦わずして優劣を付ける良い方法は無いものか、そこで考え出されたのが、過去の戦跡により人間を評価するという方法です。

体力が劣った老体に鞭打ち、負傷覚悟の戦いを挑まずに済み、ことあるごとに殴り合うことも無いのですから、合理的と言えば合理的、本当に助かります。



しかし、よく見渡せば、年老いてからの競争だけでは無く、本当に競争すべきところにも、戦わずして勝敗を決めるという遣り方の蔓延を、確認することが出来てしまうのです。

会社に於いては、談合やカルテルや根回しなどで手を結び、個人レベルでは、話し合いの精神という名の下に競争を避けてしまうのです。



世の中は、競争に勝てば、もちろん勝者となり大金を手に入れ、競争しなくても、出身大学名や談合や根回しで、小金を手に入れ生き抜くことができ、受験戦争やあらゆる競争に破れ、ギラギラと脂ぎったオヤジの顔が思い起こされるような談合や根回しを嫌い、地位や名誉も無いとしても、我慢しさえすれば、なんとか食い扶持を得て生きて行かれるものなのです。



伝家の宝刀という言葉を知った時、この言葉は日常のどのような場面で使うものだろうか、普通の生活をしている自分には一生使う場面がないだろう、そう思っていました。

伝家の宝刀とは、よくよくの場合以外は無闇に使わない奥の手のことですが、我が人生を振り返ってみると、どうにも堪らないよくよくの場合には、「ひたすらじっと我慢」という伝家の宝刀を抜いていたように思えます。



「ひたすらじっと我慢」が、己の伝家の宝刀なのかと思えば、情けなくにもなるのですが。

このようなことに気が付いたのも、幼い時から、「ひたすらじっと我慢」という伝家の宝刀を抜きっ放しだったがために、それはもはや錆び付き、とっておきの秘密兵器とは成り得なくなって来たがためなのでしょう。

「ひたすらじっと我慢」して、ただ生き延びることが、負けであることを悟り始めたからです。



記憶力で負ける、体力で負ける、ひたすら我慢しても負けである。
さて、自分にとっての、次なる伝家の宝刀とは何なのだろうか。

一度も抜いたことが無い伝家の宝刀・・・

そう、そう言えば、「自分の遣りたいことをする」という伝家の宝刀は、一度も抜いたことが無い。

「他人と比較するのではなく、自分らしく生きる」という伝家の宝刀も抜いたことが無い。


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