ふたつの幸せ
社会正義に反しない行動そのものの「幸せ」、それから得る“何か”から得る「幸せ」、無数に存在するふたつの「幸せ」の組み合わせ、あなたが何を選ぶかは自由です。
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お金を過度に意識しているためや、固定概念があるために、お金が欲しい、お金のために働く、お金を貯めることが目標、などのような考え方が生まれて来るのでしょうか。 よくよく考えてみれば、お金は何かを得るために便宜上存在しているだけに過ぎません。 それならば、元々イメージしなくても良いものに対して、欲しいとか、そのために働くとか、貯めるなんて発想は出てこない筈です。 お金は、幸せになるために、特に意識しなくてもよいものであって、そんなものは放っておけばよかったと思うのですが、それなのに、そんなものに捉われ続け、振り回され続けて来た人生に愕然となり、占領された頭のスペースを損したような気分になるのです。
の式から、幸せになるには「行動」、そう、行動が大切であって、行動が全てであると言ってしまっても過言ではない位で、これ以外は何も無いと言ってしまえる程なのです。
「何かを得る」の“何か”は、別に物とは限らず、静かな環境で自給自足の生活がしたいと思う人は、
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幸せ
(静かな環境での自給自足の生活) |
= |
行動
(実行する) |
→ |
何かを得る
(達成感・実現) |
と、なるみたいに、得るものは何でも構いません。 物欲の満たすし度が低くても、好きなことを実行して、実現することを幸せと思う人にとっては、それを実行してその生活を獲得することの方が、その人にとっては幸せなのです。
日頃あまり意識せずによくする行動なのですが、例えば服が欲しい場合、
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幸せ
(服) |
= |
行動
(買いに行く) |
→ |
何かを得る
(服を得る) |
となります。
ついでに、
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幸せ
(家) |
= |
行動
(買う) |
→ |
何かを得る
(家を得る) |
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幸せ
(食べ物) |
= |
行動
(買う・食べに行く) |
→ |
何かを得る
(食べ物を得る) |
という具合に、家と食べ物をそれぞれ当てはめてみれば、ハイこのとおり。
「幸せとは、形にすればこんなものか」と、感じ取られる方もいらっしゃるかも知れませんが、高級ブランドの服や高級な料理など、そんなもののために、そんなものを得んがために、ひたすら我慢をして働いている方々もたくさんいらっしゃるということなのですネ。
続いて、法律、道徳、倫理、社会的規範、社会正義に違反をした場合を形にしてみました。
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幸せ
(金) |
= |
行動
(窃盗) |
→ |
何かを得る
(金を得る) |
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幸せ
(金) |
= |
行動
(売春) |
→ |
何かを得る
(金を得る) |
これらの式は、現に行動している本人が当てはめてみるものなので、窃盗や売春をした上で得た“何か”がその人にとっての幸せに成り得ているのかどうなのかという問題は残されますが、恐らくは、「本当はしたくない」とか、「後悔している」とか、「すまない」などと感じられているのだろうと思われますので、そのように思いながら、同時に幸せであるなどとは到底考えられない訳です。
従いまして、窃盗や売春はこの式には当てはまりませんので、反社会的な行動をもって「幸せ」を感じる人間は居ない、ということの証明が成り立ったのではないでしょうか。
幸せでないのに、では、何故そのようなことをするのでしょうか?
って、基本的には、やっている本人にしか分かりませんが、人間は誰もが幸せになりたいとは、頭では思っているとしても、行動が、自分を不幸にしたり、人を不幸にしたり、禁止されていることをしたりと、頭と体は別物ということなのでしょうか。
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幸せ
(快楽) |
= |
行動
(買春) |
→ |
何かを得る
(快楽を得る) |
のように、
ここでも、「何かを得る」の、“何か”は物とは限っていません。
社会正義に反しない行動そのものの「幸せ」、それから得る“何か”から得る「幸せ」、無数に存在するふたつの「幸せ」の組み合わせ。
ここで、あなたが何と何を選ぶかはまったくの自由です。
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