何故お金を貯めるのか?
お金のほとんどを貯蓄しても、行動及びそれから得られるもので幸せを感じられるのなら、それはそれで幸せであり、逆に貯蓄をせずにほとんどのお金を使ってしまっても、行動及びそれから得られるもので幸せを感じられないのなら、それは幸せではないのです。
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貯蓄するとかしないとかは、極めてプライベートな判断に基づきますので、一概に良いとか悪いとかは申せませんが、2000年の日本の家計における貯蓄率と来たら、27.9%にも上ります。 因みにですが、アメリカは4%後半。 日本での貯蓄率は、生命保険などを含めた数字となっていますので、単純には比較できませんし、正確な数字や解説はどこかで確認して頂くとしても、日本人は貯蓄率が高いということなのです。
次に、
に、蓄財を当てはめてみることに致しましょう。
如何でしょうか。
財産を残すのも貯蓄するのも、どちらも、行動の蓄積を何にも変換できていない行為という点では、“幸せではない”ということが言えてしまうのではないでしょうか。
「私は、せっせと貯蓄をしているが幸せである」と言われる方も、そりゃーもちろん、いらっしゃるかと思いますが、貯蓄をしているから幸せなのでしょうか。 行動の蓄積である“貯蓄したお金”を使わずして、そして、当然の帰結として何も得るものが無いというのに、なぜそこで、「幸せだ」と言い切れるのでしょうか。
お金のほとんどを貯蓄しても、残されたわずかなお金を使って、それらから得られるもので十分幸せだ、と言われるのなら、それはそれで幸せなんだろうけれど。 でも、いいですか、貯蓄からは何も生み出してないんですよ。 ねっ、だったら、あなたの幸せは、貯蓄とは関係が無いということなりはしませんか。
それでも尚、貯蓄そのものが幸せであると言われる方は、再度、本当に「私の人生は貯蓄することなのだ」と、言えるのかどうかを確認頂きたいものです。
さて、貯蓄する理由については、老後の不安や失業への不安、健康への不安、そして、子供達の未来への不安などなどと、様々と考えられます。 これらは、少し考えてみれば、どれも“生きていくため・生活するため”のものばかりです。 そう、貯蓄する理由は、生きていくため、生活するためだったのですネ。
老後の不安、失業の不安、健康への不安、子供達の未来への不安という理由は、それぞれ、
・老後の不安→貯蓄する→老後も“生きていくため・生活するため” ・失業の不安→貯蓄する→失業後も“生きていくため・生活するため”
・健康への不安→貯蓄する→健康を損なった後も“生きていくため・生活するため”
・子供の未来への不安→貯蓄する→自分の死後も子供が“生きていくため・生活するため”
へと置き換えられます。
生きて・生活をすること自体は、確かに“幸せ”なことなのですが、そんなことを言ってしまっては生きているものすべてが幸せであって、個性とか志向とかは関係がなくなってしまい、どのような生き方をしても生きてさえいれば、そして、生活さえしていれば、幸せだということになってしまいます。
生きてさえ居れば幸せ?
そんなことではないですよね。
実際問題、そこに、プラス何を得るのかが問題になって来るのですよね、もうお分かりですね。
さあ、もう一度確認してみましょう。
質問者:「貯蓄が、あなたの幸せですか?」
あなた:「そうじゃなくて、欲しいものや買いたいものがないんだ。だから貯蓄してるんだ。」
質問者:「それじゃー、10年前はありましたか?5年前はどうです?じゃー、5年後はありますか?10年後は?」
あなた:「・・・にわかには思い付きませんが、強いて言えば、将来マイホームを購入したいなと思っています。」
質問者:「それでは、マイホームじゃなくて、好きなことや生き甲斐を感じられることに費やす予定はありますか?」
あなた:「・・・家を求めるでしょ、そこには家族が居て、それで十分幸せです・・・それ以外、それ以上は考えたことがないんですけど。」
質問者:「では次に、今やっている仕事は好きですか?上司は好きですか?自分のやりたいことはやれていますか?」
あなた:「・・・仕事と上司は選べないでしょ。そんなの常識です。仕事は仕事です。やりたいことがやれているかだって!やりたいことなんて出来る訳ないじゃないですか。」
質問者:「・・・終わります。」
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