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我が子に絶対に教えておきたいこと

己の経験を生かし、ただ「勉強しろ」「親の真似をしろ」と教えるのではなく、ある価値観を以って子育て出来た場合、例えば子供には英語とパソコン操作を含めたIT技術を絶対に教えておく、そして、世界中のどこへ行っても住むことと、働くことには困らない状況を作っておく、とした場合、その場合は、子供のスタートも随分と違って来ます。

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我が子を見るにつけ、この子には自分のような苦労はさせられまいと思う。

きっと自分だって、己の親にそう思われながら大事に育てられて来たのです。
クー、有り難い。涙が出そうです。





ご存知、アテネオリンピックのハンマー投げ金メダリストの室伏広治さん。

彼は、「父が積み上げた実績からのスタートだったので、現在到達できている地点も世界最高水準であるのだ」、そして、「だから父よりも、また、ライバル達よりも、より世界最高水準に到達できているのだ」と語ります。

父親とは、「アジアの鉄人」、「東洋の鉄人」と呼ばれた、元ハンマー投げ日本記録保持者の室伏重信さんのことです。

母は、ルーマニアのやり投げ選手、妹の室伏由佳さんは、円盤投げとハンマー投げの日本記録保持者というエリート投擲(とうてき)サラブレット一家です。

東洋の鉄人の息子室伏広治さんは、「世界の鉄人」とか「吠える鉄人」などと、また、妹の室伏由佳さんと併せて「鉄人兄弟」などと呼ばれるに至るのです。





同じ轍は踏まず。

そう、父親がやった失敗は、子供は繰り返す必要が無いということ。

自分の苦労は実績として子へと引き継ぎ教え込み、子供は2度と親が陥った同じ失敗を繰り返す必要がないのです。普通は。

親子2代の連携により、進化を遂げる訳ですね。通常は。





それなのに、同じ轍を踏んでいる親子が現に存在しているのは、一体全体どのような了見からなのでしょうか。

例えばサラリーマンの親子の場合、ここでは、親の失敗で得た教訓が子供へと引き継がれることは無く、子供も親と同じように失敗を繰り返すのです。

子供には、同じ苦労はさせられまいと思った親の筈なのに、己が失敗だと思っているサラリーマン生活を子供にもさせてしまっているのですから。

自分がサラリーマンを嫌だと思ったのですから、それを子供にアドバイスしてあげて、親子2代の連携プレーで子供の進路を修正すれば良いものを。

これでは、親子がまるで赤の他人のようにバラバラの存在であって、まったく進歩の無い人生の繰り返しと言わざるを得ません。

とまあ、こんな感じですね。





我々は年数を経(へ)るほどに、人類は経験値を積めば積むほどに賢くなります。普通は。

我々は、年齢を重ねて、一体何を悟ったのか?
我々は、経験を積んで、何を学んだのか?

我々は、賢くなって、何を知ったというのか?
そして、何を子供に教えてやることが出来るというのか?





さあ、ここで問題です。

「あなたは、子供に何を教えていますか?」

「また、何を教えて来ましたか?」





恐らくは、「勉強しろ」とだけを、教えて来たのではないでしょうか。

あなたが、自分の人生を賭して得たもの、それは「勉強しろ」だったのです。

私立大学には行くな。
国立大学へ行け!

3流大学へは行くな。
1流大学へ行け!

親は私立3流大学へ行ったから、人生を台無しにして来たのだ。
自分は、勉強が足りなかったから、こんなにも苦労をして来たのだ。

「お前には苦労をさせたくないから、こうやって勉強をさせているのだ。」

「学歴の有るやつがこの世の中を制する」ということを悟ってしまったからには、我が子にだけは勉強をさせずには居られないのです。





親の中には、何の選択の余地も与えず、親のやっている通りを真似させる場合も有ります。

歌舞伎役者は歌舞伎役者、医者は医者、弁護士は弁護士になることを強制するのです。

我が家の事ではないし、基本的には、他人のことはどうでもよい性分なのですが、親から闇雲に「勉強しろ」としか教えられない子供はかわいそうにと思う以上に、何の哲学も、合理的理由も無いのに、親の仕事を継ぐ事を強制させられる子供もかわいそうなものです。

家業などとは、正当な理由が無くとも、続けることだけに意味を求めたものですけどね。

親の経験の果てに、歌舞伎役者や医者や弁護士が良かったというのであれば、子供にも継がせる価値があるというものでしょうが、マア他人の子供ですしケチは付けられない所なのです。





例えば、歌舞伎役者や医者や弁護士が、40か50か60歳にして、己の人生はどう在るべきだったかを悟ったとしませんか。

しかし、「そうか、そうだったのか、自分の遣りたかったことはこれだったのか」と悟ったところで、しかし、遅過ぎます。

悟ったところで、成人になってしまっている己の子供に、今更、何を教えることが出来ましょうや。

子供は、親の筋の通った哲学ある教育を受けることが出来ずに、親の言うとおり大学へ行きサラリーマンになったり、または、歌舞伎役者や医者や弁護士になったりしてしています。

自分の人生に気付いても、「今更遅すぎる」という所なのです。





このようにして歴代の親たちは、自分の人生への「気付き」を老いて悟りながら、自分の子供には教え損なう。このようなことを何世代にも渡って繰返しながら、結局みんなが同じ場所に立ち戻り、一から出発する。

子供の出発点が、親の「気付き」の続きからであれば、親の言うとおりにしなければならないことも無いし、親の仕事を継がなければならないことも無かったのです。





己の経験を生かし、ただ「勉強しろ」、「親の真似をしろ」とだけ教えるのではなく、ある価値観を以って子育てした場合、例えば、子供には英語とパソコン操作を含めたIT技術を絶対に教えておき、そして世界のどこへ行っても、住むことと働くことには困らない状況を作っておくとした場合、その場合は、子供のスタートも随分と違って来ましょう。





紆余曲折を経て、英語の必要性を痛感した親達は、我が子へ英語を伝授するのです。

己に伝授する能力がなければ、幼き頃から英語を習得出来るような環境を作ってやって、その中に放り込んでやるのです。





IT技術の必要性を痛感した親達は、子供へIT技術を伝授するのです。

英語が使えて、ホームページを開設運営出来る技術が備わったのなら、パソコンひとつで国を渡り歩くことも可能なのです。

どこへだって行けるのです。

ということで、最低教えておきたいこととして、英語とIT技術というのは如何でしょう。





親の役目?要は、自分の人生を生きてみて、どのように判断するかでしょう。

判断の基準は、自分の価値観となりましょう。

あなたは、今のご自分の仕事をどのように判断されますか?

「すばらしいですか?」
「辛くて、苦しくて、辞めてしまいたい!でも、食べて行かれないので辞められない!」





以上、サラリーマンとか歌舞伎役者とかを例示して来ましたが、この際の仕事は何でも良いでしょう。

どのような仕事でも、価値観によっては逆向きの判断が下るのですから。





でも逆向きになったとしても、どちらの判断が正しいか、という問題ではありません。

正しくないから、自分の人生では無いなんて論理、成り立ちませんから。

でも、この判断の違いによって、我が子への教育の方向は、まったく違ったものとなることでしょう。

己の仕事を「すばらしい」と捉えた場合は、親と同じ方向に向いている、子供の「良さ」というものを見付け出し、伸ばしていくことに力を注ぎます。

「辛い」とした場合は、その是正を目指した教育になる筈です。

我が子に、自分のような苦労はさせられまいと思うなら。

 

 


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