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いじめ問題の構造解明&いじめ対策決定打

今回は、あなたの質問を通して、イジメが何故起こるかを解明した論文のようになってしまいました。あなたが悪いんですよ。こちらを非難ばかりするもんだから。

価値辞典は本音検索サイトです。どうでもいいことに、時間と労力と人生を掛けるくらいなら→もっと価値辞典を!

前置き

AB株統合相場
を読まれた方からのご意見に対してのQ&Aです。




取り敢えず無視なのですが、突然ですが、突然に「むかつく」と一言いって来る方が居たりします。

こんな弱小ホームページが言っていることにむかつくんなら、やりたいことのひとつも無く、その反動としてこのように他人にむかついている己には、さぞやもっとむかついていることなのでしょう。

と、お察しするのです。




あっ、自分自身にむかついているんだから、他人を責めても仕方が無いか、と分かる筈か。

じゃー、やっぱり、自分のことにはまるで気が付かず、他人のことのみに目に行き、ただ単にむかつくだけなのですね。

自由に生きていたら、他人の振る舞いを気にする自由でない誰かから、よくむかつかれたりするものです。

さりとて、むかつかれないために、彼らにおもねて、他人ばかりを気にし、不自由に生きる訳にも行かず。




よかった、ここが学校じゃなくて、ここが学校だったら、自由に個性丸出しなんかしていたら、理由も分からずむかつかれ、一番にいじめ殺されるとこだった。

ホント良かった、ここが学校じゃなくて。




お互い変わりませんね。

方や、学校を卒業しても個性丸出しで自由に生きているのに、誰かさんなんかは、未だ変わらず他人にむかついて生きているんだから。

「個性丸出しで自由に生きる」ことが別段、特殊な訳じゃありません。これと言って、難しい訳じゃありません。

ただ、言いたいことを、このように自由に言っているに過ぎません。

誰かさん、あなたは、他人にむかつきながら死んでいくのですネ、きっと。




さて、血にも肉にもならない文章は書きたくない。

毒にも薬にもならないことは言いたくない。

だから、過激に思いの丈を書き綴る。

長過ぎて結論までには達しない、と言われたりもするのですが、またしても、相も変わらずの長文になってしまいました。

一番最後の結論まで、果たして何人が到達できることやら。

 

Q

無題 投稿者:asdf 投稿日:2006年10月15日 1:20


株価が7千円台から1万6千円になった(資産が2倍になる)話が書いてありましたが、結果論を言っても意味がないと思います。

仮に4倍になっていたらきっと価値さんは資産が4倍になったというでしょう。

しかし価値さんの場合資産が2倍で売ってしまうのですから4倍は儲けることができませんね。逆に1.5倍まで上がって、また下がって行った場合、価値さんの場合は2倍になっていないので売ることができませんね。

もし売ってしまったら2倍まで持っていられませんから・・・。あと7千円台が安いと書いてありましたが何を基準に言っているのでしょうか?

経験したことのない株価がすべて安いと言ってしまったら1万6千円も安いと思えるときがあったと思います。逆に6千円、5千円はもっと安いです。6千円、5千円がありえないといったら、7千円台もありえないと誰もが思っていたはずです。

以前にユニクロが何十倍にもなりましたが最初から最後までもって入れた人はほとんどいないと思いますよ。たいていの人は2倍、3倍で価値さんのように売ってしまいますから・・・。

そういえば価値さんは売ったとは書いてありませんでしたね。

参考↓

>「あの時、株を買っとけば、単純な計算ですが、100万円は200万円に、1,000万円は2,000万円に、1億円は2億円へと化けたのです。」

買っといてもだめです、売らなければ・・・。

 

A

当たり前のことですが、作者は作者の視点からモノを書き、読者は読者の視点からモノを読む、とするしかありません。

ご自分流の都合に合わせ、ご自分流に解釈し、気に食わなければ無視をして、気に入った部分のみ取り入れる。

マア要するに、どのように書くかは筆者の自由、どのように読むかは読者の自由なのですが、株の話の場合は特に、他人の言っていること=0%、自分の判断と責任=100%としたものです。

他人が何を好き勝手に言おうが、無視です、無視。

 

Q

同じ方からの再度のご意見です。



無題
投稿者:asdf 投稿日:2006年11月1日 0:22

AB株統合相場の所で返答いただきありがとうございました。回答の内容からすると気分を悪くされたようで失礼いたしました。

価値さんに対する批判をするつもりはありません。私は価値さんの文章を見て株に手を出す人がいたら「それはまずいのでは・・・」と思いメールしました。

あの文章を株を知らない人が読んだら、その時やっていたほとんどの人が資産が2倍になったように思ってしまうと思います。

しかし底と天井を知っている人しかそんな買い方、売り方はできないので、実際には無理です。もし可能だというのであれば過去ではなく今から年末までの底と天井をホームページに載せてください。

 

A

たびたびのメールありがとうございます。

さて・・・

>私は価値さんの文章を見て株に手を出す人がいたら「それはまずいのでは・・・」と思いメールしました。



まずい・・・?そんなー!

株に手を出す人は、その人がそう判断したから手を出しているのでしょう。

子供じゃあるまいし、その人がそう判断してやっていることです。我ら他人が口を出すことじゃないでしょう。

己で決断し、己で行動し、そして己で責任も取る。

りっぱに自立した個性豊かな人間が、すばらしい人生を送っているじゃありませんか。

邪魔をしないでおきましょう。



また、誰が何をどのように書いたって大丈夫です。

りっぱな大人なんだから、取捨選択は確かです、と申しましょうか、まったくもってその人の勝手です。

別に、誰かが無理やり監禁して強制的に株を買わせている訳じゃなし、そんなに他人を、無知な子供のようた扱ったらかわいそう、かわいそうと言うか失礼ですか。



第一当方は、他人の真似を絶対にしないことを、何度も何度も強調させて貰ってます。

じゃー、なぜ書くかって?

それは好きだからです。

そう表現したいから書いているのです。

余計ながら、でしゃばったマネをしたものですか。

マア心配は無用でしょう。間違っても、マネなんかしませんよ。

そう、何もまずくない。そうです。安心してください。



その他、金を儲けたきゃー他を見ろとも言ってます。

天井と底を知りたきゃー、他を見ることをお勧めです。

また、好きなことを好きなように書くという表現方法が気に入らない場合も、他を見ることです。

本当に当たり前のことを言って恐縮ですが、何を書かれても自分の頭で考え自分で決断し、そして自分で行動し自分で責任を取ると言われる方、また、文章表現もさほど気にならないと言われる方はどうぞ読み進めてください。



本当に本当に当たり前のことで申し訳ございませんが、この日本は、ほとんど何をどのように書いたって自由です。

私はこうだ、と言う人も居れば、私はああだ、という人も居ます。

或る人とは180度違った意見を展開したり、または批判したり反論したり、静観したり無視したり。

でも、どこぞの国のように、ある日突然、どこかへ連行されて、罰せられたり亡き者にされたりなんてことは決してございません。

また、誰が何を読むのも自由。

犯罪なんかはもちろん論外ですが、更に、この国は何をするのも自由です。

こんなことを言うのは本当におこがましい限りですが、どうぞ好きなホームページを読んで好きな株を買って、その結末をご自身の責任において享受してくださいませ。

 

Q

またまた、同じ方からの立て続けの質問です。

 

無題 投稿者:asdf 投稿日:2006年11月5日 20:00

毎度ご丁寧に返信していただきありがとうございます。

「実は私も7千円台で株を買い 100億が200億になったのです。」

さて今回は価値さんに聞きたいことがあるのですが、価値さんは本音が非常に好きなようですね。ぶっちゃけた話 価値さんもお金は本当はほしいのでは?本音でどうぞ。イエスかノーで。

「実は私も7千円台で株を買い 100億が200億になったのです。」
↑これを読んだ人はきっと価値さんの書いた文章を読んだ人と同じ気持ちになるのだろうなー・・・ いい気持ちすればよいが・・・ まあ書くのは自由か・・・。

 

A

自分のことは一切語らずに、次から次へとよく質問が続くものですねー。

他人のことが余程気になると見える。

って失礼、自分のことも言ってましたね、確か。

「私は200億円儲けた」って、そうですね。





>ぶっちゃけた話 価値さんもお金は本当はほしいのでは?本音でどうぞ。イエスかノーで。

さて、この質問ですが、これは例えるならば、パブロフの犬にベルの音が本当に欲しいか?本音でどうぞ。イエスかノーで。

と問うていることと同じです。パブロフの犬の本音の答えは、「僕の欲しいものはエサなんだよ」ということなのですが。

パブロフの犬を客観的に見ることが出来て、パブロフの犬の本当に欲しいものを知っている我々は、「パブロフの犬ー!ベルの音なんかに騙されるんじゃないぞー、本当に欲しいのはエサの方だろー」って声を掛けたくなりますよね。

であるのにですよ、あなたは、あなたの質問中にある「価値さん“も”」からという表現からも分かりますが、「本音でお金が欲しい」とおっしゃる。

そもそも、我らはパブロフの犬なんかじゃありません。人間です。ベルの音なんかに騙される訳がありません。

こんな簡単な証明問題の、答えを間違う筈が無いのです、ってか。





エッ、まだお分かりでない。

・・・分かりました。

言い方を工夫してみましょう。

こんなこと言ってくれる人、ホント居ませんよ。

言い方を変えたりするのには、膨大な時間が掛かるんですから。

こんなこと誰がしましょうや。





別に、他人を非難して生きてる人間なんて、放っとけばいいのでしょうけど。

人生とは、人それぞれ、人それぞれの考え方によって、人それぞれの人生が用意されるだけのことなのです。

でも、面倒くさくて、誰も表現しきれないからこそ、そして、そこら辺を表現するのが好きだからこそ、労苦をいとわずにこのように書くことが出来るのです。

いやいや、お代は要りません。批判するのを止めてさえくれれば、それだけで十分、それだけで大助かりです。





こんなに親身になって、何故他人を気にしてはいけないのかを、指し示してくれる人、今までのあなたの人生において、あなたの周囲において、ひとりでも居ましたでしょうか。

親が、友達が、学校の先生が、教えてくれたでしょうか。

いや、親や友達や学校の先生が教えられる訳が無い。

親や友達や学校の先生が、答えを知ってる訳が無いのです。

こんな数学の超難問を解ける人間は、そうそうには居ません。

だから、超難解な証明問題の答えが見られる、今回は滅多に無いチャンスなのです。あなたにとっては、違いますか?

それとも、こんなこと言ってる者は、やはり敵ですか。

と、思いっきりうぬぼれて、勘違いして、恩の押し売りなどもしておいて、また、反発をされるような書き方も敢えてし、己ひとりのみ大絶賛、拍手なし、そして次の展開です。





パブロフの犬の例えがダメなら、「5W1H」だー。

人生を構成する、いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)、という6つの要素だー。

我々は、「いつ何を」するのかが大事です。

「誰がどこで」するのかが大事です。

我々は、「何故どのように」するのかが大事なのです。

こんなところへ、お金を介在させますか。

あなたは、「いつ、どこで、誰が、何を、何故、どのように」、「お金を使って」した、という具合に、無理やりお金を介在させるような、野暮なことをするのですか。

ご覧頂いてますように、人生の大事なものリスト(5W1H)の中には、「お金」は存在いたしません。

それとも、「いつでも、どこでも、あなたは、お金が、欲しいから、稼ぐ」という風な、人生が大事だとでも言うおつもりなのでしょうか。

あーあー、「何を」のところへ、「お金」を入れちゃったよ。とうとう、やっちゃったよ。





ついでに言ってしまえば、高級外車なんかに乗って持ち金を誇示する行為、「捨てる程お金が有るんだから、何に乗ってもいいでしょ」ってな論法も勿論(もちろん)有りですが、車なんてものはやはり、パブロフの犬的に言ってしまえば、要するに「ベルの音」、そう、ただの「ベルの音」なんです。

「誰とどこへ行くか」は「エサ」ですが、単なる「車」は単なる「ベルの音」なんです。

「車種」はベルの音色や音量の違いのようなものに過ぎません。

ベンツを見せられて、よだれを垂らしたところで、まだどこにも行っていないのです。

誰かとどこかへ行って初めて、よだれものなのです。





「5W1H」的にもそうです。

私は、誰と、どこへ、ベンツで行った。

って、わざわざ「ベンツ」なんてことは、ここでは言わなくていいのです。

「私は、誰と、どこへ、行った」のかが大事なのです。

「でも、ベンツに乗って快適に行った」っていうのも大事でしょ。

って、ベンツに乗っても、どこへも行かなきゃ意味がありません。

ベンツに乗ってるだけじゃ意味が無いのです。

どこへも行くところが無く、好きなことひとつも無い人間は、「ベルの音」に快適性とか高級感とかを付け加え、究極までに進化させ、「エサ」へと近付けたのでしたが、でも所詮は「ベルの音」は「ベルの音」に過ぎず、いかにあがこうが、それはただの「ベルの音」なのです。





あっ、そうそう、話はガラッと変わりますが、北海道にね、同級生からいじめられていた様子を携帯電話のカメラで収め、自分のホームページに載せた高校1年生の男子生徒が居るんだって。

彼は、自分がいじめられているところを世間に訴えることによって、いじめていた中心人物を、まんまと停学処分にすることが出来たんだってサ。

小突かれていた証拠映像を抑えていたにも拘らず、たったの停学なの、っていう思いも有りですが。

小突かれたんだから、これはイジメなんてもんじゃないでしょ。これはサ暴力って言ってサ、犯罪でしょ、普通は、っていうところですが。

こんなことをする輩は、停学なんていう甘っちょろいもんじゃなくて、どんどん犯罪者扱いにすればいいんでしょ、普通は、っていうところですか。

いじめられた人は、追い込まれて自殺したりするのにサ、いじめる側って何の制裁も無く、何の責任も問われないんだよね。

道徳的、社会的、法的制裁を厳しく下さないとサ、奴らはますます調子に乗って、死ぬまでイジメ続けるんだよ、きっと。





さて、この話題の関係者達は、それぞれ自主退学したり転校したりしています。

良かった、この話題の結末に自殺者が居なくて。

北海道の高校1年生の男子生徒は、「このまま、いじめられた状態のまま放置されていたら、きっと己は殺されてしまうんだろう」っていう、予感のようなものがあったのでしょう、きっと。

ある意味、先読みの勝利ですネ。

イジメ殺されないために、いじめ対策用のホームページを普段から用意していたのですから。

なんか、いじめられていた男子生徒の用意周到さが光ってますよね。

いじめられた時用のホームページという表現は、ちょっと正確ではないかもしれませんが、我々個人が、なぜホームページを持つのかの答えを指し示しているかのような。





ちらっと話は変わって、そもそもです。新聞などのマスメディアは、なぜ言いた放題できるのだろうか?

彼らは、「報道の自由だ」、「国民は真実を知る権利があるんだ」などと主張して、どんどん個人名や顔を明かしては、世間に晒(さら)しものにします。

まったくもって、やりたい放題で、誰も止められません。

また、「報道の自由だ、国民は真実を知る権利があるんだ」の名の下では、いちいち、肖像権を犯されたとか、名誉毀損だ、なんて騒ぐ人もそうそうは出てきません。

それは何故でしょうか。

それは事実を言っているからだよ。

って、いうことになっているらしい。





ここから、ひとつヒントを得られます。

そう、我らも、ホームページという自分だけのマスメディアを持てば、いじめられた事実を名前や顔を明かして載せることが出来るんだということが分かるのです。

当然、責任も伴ってですが、殺されるぐらいなら、どうってことありませんよね。

また、個人のホームページなんてものは、そんなに力が無いように思いがちですが、皆さんの街中をよーく観察して頂ければ、それは違うという、またしてもヒントが得られます。

余程注意をしないと気付きませんが、どんな町にも大きな新聞社に隠れて、幾つかの小さな新聞社が存在するものなのです。

そして、どんなに小さくたって自由に振舞っているのです。





さて、それは何故でしょうか。

それはネ、先程も申しましたように、事実を書くからです。そして、それを他人が見ているからです。

マスメディアは事実を載せる限りは、名前だって写真だって平気で載せられます。

そして、それを他人が見る。

この世の中には、ご存知のとおり、イジメなんかが蔓延しています。

学校しかり、企業しかり、役所しかりです。いじめが無いところなんてありません。

だから、事実をありのまま書かれたら、学校、企業、役所はみんな困り顔です。

一方、地域のマスメディアを見ている人々は、裏ではイジメを行うくせして、表ではイジメはいけないと平気で非難する、謂わば普通の人々です。






そんな建前をかざす普通の人々が読者側に居るんだから、学校、企業、役所は、マスメディアが怖くて仕方がありません。

事実を暴(あば)かれないように、思わず新聞を購入しちゃって、強いものには巻かれたりするのです。権力には逆らわず、です。

そんなこんなで、地域の小さなマスメディアはおまんまが食べられるんですね。

世の中すべてそうですが、他人が見てるってことは、要するに数です、数。数の力が世界を支配してるのです。

政治の世界もそう、数は力です。数さえあれば、言いたいことが言え、やりたいことが出来るのです。役所や大企業も怖くない、国家だって怖くない。数さえあれば、誰の悪口だって書けるのです。いや、悪口じゃない、事実です、事実。





数は力。

当然ながら、この原則は学校でもバンバン適用されます。

実際、「数は力」の原則を生かして、大勢が弱いひとりをイジメたりして、自殺に追い込んだりしています。

おまけに、学校とは、ほとんど法律が適用されない無法地帯。小突いたりすることが犯罪にはならず、イジメという愛称で可愛く呼ばれたりするのです。

自殺に追い込んで殺した場合も、イジメと言われるんですから。

だから、法律の歯止めが無く、数を頼りにするしか能の無い、甘やかされたいじめっこ達は、相手が自殺するまでイジメ抜いたりするのですネ。





あっ、そうそう、なぜ我ら個人がホームページを持つかでしたね。

簡単に言ってしまえば、新聞などのマスメディアが、数を頼りにやりたい放題しているんだから、我らも自分だけのマスメディアを持てば、やりたい放題できるんじゃないだろうか、ということなんですよ。





自分のホームページを持つ。

自分の好きなことを表現する。

読者が増える。

自信も付く。

実社会でも、やりたいことが出来る、っていうことなんです。






おまけに、数を頼っていじめられたら、映像や音声を己のマスメディアであるホームページに載せれば、殺人者に対抗できるのですから、これって一石多鳥ですよね。

でも出発は、くれぐれも、「いじめ対策のためにホームページを持つ」であってはなりません。

だって、我々は、好きなことをしかたいがためにホームページを持つのであって、いじめ対策とは言え、好きでもないホームページを作ることは、やはり苦痛で不幸なことです。

順番は、ホームページを作ることが好きであるというのが、まず一番です。

そして、その中で好きなように振舞う、っていうころが出発点でなければなりません。

間違っても逆からアプローチしてはいけませんよ。





さてさて、ホームページの効用は他にもまだまだございます。

いじめられるというピンチを、「自分が一体何をやっているのだろうか」ということを知って貰うチャンスに変えることも出来ます。

そう、「自分は人を殺しかねないことをやっているんだろうか」ということを知って貰うチャンスにです。

要するに、相手に激烈な一撃を与えて、改心をするチャンスを与えるっていうことですね。

って、ちょっと言い過ぎか、でも、ピンチをチャンスにするのです。





また、いじめっ子という敵の映像や音声、または、敵との遣り取りの一部始終を自分のマスメディアに載せることによって、コンテンツにも利用できます。

って、これもちょっと言い過ぎか、でも、要するに、自分のホームページの飾りのひとつにしてしまうということです。

そう、敵を見方にする作戦です。

将棋で言ってしまえば、取った敵の駒を打ち込んで、自陣の守りとしてや敵への攻撃へと使うという訳ですね。





このように、いじめっ子という殺人者を相手にする場合は、殺されないために、少々頭を使わなければ。

1.ホームページを持つ。〔マイメディア(自分だけのメディア)を持つ。〕

2.ピンチをチャンスに変える。

3.敵を見方にする。

などなどで。





大人になると、さすがに群れを成していじめて来るなんて輩は、余り見掛けませんね。

数に頼らなくてもいじめる力があるからでしょうね、きっと。

また、社会人の場合のイジメは、学校なんかと違って、何の遠慮も無くどんどん法的措置に訴えられますもんね。

そう、何の遠慮も無くネ。

学校みたいに、遠慮なんかしていたら、甘えた連中のイジメなんかがはびこる羽目になってしまって、もう大変ですから。





数に頼らず、自分自身にも力が無い、という状況でも、昨今のネット上なんかは、匿名ということで、人間の汚い部分をもろに出して、いじめて来る輩が現れたりします。

・・・

ネット上のイジメ!?

どっかで聞いたことがあるような、無いような・・・

・・・

あっ、そうか、聞いたんじゃないんだ。

現に、今、ネット上でイジメに遭ってたんだ。

そうだ、いじめという犯罪に対処しなきゃ。





>「実は私も7千円台で株を買い 100億が200億になったのです。」これを読んだ人はきっと価値さんの書いた文章を読んだ人と同じ気持ちになるのだろうなー・・・

って、あなたに200億円儲けたと言われても、我は何も感じません。

何も嫉妬しないし、何も羨ましくない。そして、何も迷わされないし、何の動揺も無い。

また、あなたに関心が無いし、興味も湧いてきません。

「あなたは幸せなんだろう」と、ただそう思うだけで、あなたへ介入しようとか、あなたと拘(かかわ)ろうなんてことは、これっぽっちも思いません。

なのに何故あなたは、こんなにも当方へ干渉し、嫉妬し、腹を立てて来るのでしょうか。

「まあ書くのは自由か・・・」と言いながら、全然自由にさせてくれないのは如何なる了見なのでしょうか。

ホント不思議です。





話は変わりますが、今、ぜひとも挑戦してみたいことに、飲酒運転といじめの撲滅ってのがあります。

昨今の飲酒運転での殺人や、いじめでの殺人は、単純に許せないというのが動機です。

でも、ホームページ上に撲滅大キャンペーンを張ったところで、飲酒運転やいじめが無くなるわきゃ無いとも思うし、効果の面からも、飲酒運転やイジメをやる人がホームページなんか見るわきゃ無いと思ったりもするのです。

そんな人は、ホームページを見るような暇があったら、酒を飲んでるだろうし、イジメているんだろうと思えるからです。

でも、そんな人も普通に、ここのホームページを見ているということが、今分かりました。現に、あなたは見ています。





我々の過去2回の会話をご覧ください。

普通の人と普通の人が、普通に仲良くしているな、と見えたりしませんか。

でも真実は、いじめる側といじめられる側です。

人間は自由に生きられると言う普通の人が、自由に生きている普通の人の人生に介入して自由にさせてはいません。

イジメとは、普通の人々が普通の人々を、不自由にし抹殺する犯罪なのです。

いじめられる普通の人は、人間は自由に生きられる、だから私は自由に生きるんだ、他人も自由に生きられるし、だから私はそれを尊重し、決して介入なんかしないんだ、と考えます。





一方、いじめる側の普通の人は、人間は自由に生きられる、だけど、私は他人の人生に介入するんだ、人間は自由に生きられるけど、私は他人に質問攻めをするんだ、と考えます。

この光景を見た教師は、普通に仲良くしているとしか思えず、イジメを見過ごしてしまうという訳。

真実は、いじめられっ子は、「人間は自由に生きられるんだ」と言ういじめっ子から、人生に介入され、束縛され、質問攻めにされて苦しんでいるのです。

ひとつの質問に答えても無駄なこと。

決して自分のことを語らない、他人が気になって仕方が無い、他人が羨ましくて仕方が無い、他人に嫉妬してして仕方がないという普通の人間であるいじめっ子から、質問ミサイルを打ち込まれ、こちらが命を絶つまでは止めてくれないんじゃないかと思わされる程の勢いなんです。





さて、あなたは、誰が何を書くのも自由だっていうことを知ってますよね。

なのに、こちらが自由に書くことに介入して来ます。

先程、自由だって言ってたのにネ、可笑しいですね、あっそうか、口先だけで、誰かの受け売りだったのか。

自由だと言いながら、ぜんぜん自由にはさせてはくれない。

何の遠慮も無く、テポドン!?いや、質問ミサイルをどんどんと打ち込んで来る。

自由ってことは、まったく介入しないってことです。放ったらかしってことです。お分かりですか?





第三者からは、我らは仲良しに映るかも知れませんが、こちとらストレスが溜まって、いらいらし、憂鬱、恐怖心、猜疑心、でいっぱいいっぱい、まったくもって堪ったもんじゃありません。

これをいつ止めてくれるのでしょうか。

こちらが自殺をするまでは、終わらないのでしょうか。

何度も、何度も、人間は自由に何でも書いていいんだって言っているのに、あなたは、回答せよ、回答せよと攻め続けます。

世の中にいじめが無くならない訳ですか。





再びですが、そうですか、あなたは200億円稼いだんですか。

でも、それを聞いても何とも感じませんね。

なぜかって、それはね、それは飽く迄、それがあなたの人生だからです。

人の人生を羨んだり、人の人生に嫉妬したり、人の人生に打ちのめされたり、人の人生に嫌悪しても仕方がありません。まったくもって時間の無駄です。





>まあ書くのは自由か・・・。

って、あなた、今まで、書くのは自由であることを承知の上で、質問ミサイルをテポドンのように撃ちまくってたんですね。

人が悪いなー。

丁寧に返事をして損をしました。





でもって、あなたは一体何が目的ですか。

ストレートに嫌がらせですか。

嫌がらせなら、十分に効果はありましたよ。

いやがらせの才に長けてるって言ってもいいくらいです。

書くのは自由だってことを知ってながら、こんな嫌がらせをするんですから。

この世の中は、どのように生きたってまったくの自由っていうことを知ってながら、いじめというものが存在するのですから、まあこれも有りですか。

でも、答えを知ってるなら、もういいですね。

こんなちっぽけなホームページなんかは、放っておけばいいのです。

閑古鳥を鳴かせとけばいいのです。勝手に自由にさせとけばいいのです。

 

Q

またまた、同じ方からの質問です。

 

無題 投稿者:asdf 投稿日:2006年11月6日 21:21

以前に質問した件ですが「しかし底と天井を知っている人しかそんな買い方、売り方はできないので、実際には無理です。もし可能だというのであれば過去ではなく今から年末までの底と天井を
ホームページに載せてください。」

↑これの回答をいただいておりませんでした。
よろしくどうぞ

 

A

人は自由に生きられる。

でも、あなたは色んな質問をして他人を縛ってきます。

私は「底と天井だと思った」、ということを好きな時に自由に書くことは快感で、まさしく自由に生きてるっていう感じがしたりするのですが、あなたに、今後の底と天井を書けって言われてしまえば、これ即ち不自由であって、不快そのもの。

要するに、「今後の底と天井を書け」っていうのは、他人の生き様に介入するイジメってことです。

その上、「底と天井を知りたきゃ他を見ろ」って、以前に答えているにも拘らず、重ねての質問なんですから。

すみません、是非とも他をお尋ねください。

それとも、またしても「イジメを止めてください」と、はっきりと言わなきゃ止めては貰えませんか。





今回は、あなたの質問を通して、イジメが何故起こるかを解明した論文のようになってしまいました。

普段は直接、一個人を槍玉に上げたりなんかしませんが、あなたが悪いんですよ。

こちらを非難ばかりするもんだから。

あなたが非難ばかりするもんだから、今回は、あなたに犠牲になって貰って、Q&Aという形で広く皆様に利益還元させて貰っちゃおうという寸法です。





あなたからの非難という「ピンチ」を、Q&Aに変換して利益還元の「チャンス」へと変えたのです。

あなたからの非難という「敵」を、ホームページに載せ、我がコンテンツにすることによって、「味方」へと変えたのです。

「敵を味方へ」なんて、誰も言うことが出来なかった失礼なことを、ここでわざわざ言う理由は、さすがに、ここまでタネを明かしてしまえば、バカバカしくなって、他人を非難することなんか止めてしまうんじゃないだろうか、と思えたからです。

「それじゃー、他人なんか非難せずに、自分の人生に邁進するか」と、もしかしたらそうなるかと思ったからです。

だから、あなたは自分自身の人生に邁進するのでは如何ですか。嫌ですか。やはりこれからも、当方に質問し続けたいですか。





さて、誰も解明できなかったイジメの構造を、数学の証明問題を解くかのごとく。(すっ、すみません、何度も申しますが、これは大いなる勘違いです!お怒りになりませぬように。)

イジメは何故起こるの?

それはね、いじめる側に自分というものが無いからだよ。

自分の絶対的価値がないから、他人と対比させてのみにしか自分を測れないんだよ。

だから、常に他人を気にし、質問し続けなければならないんだよ。

一方に居る、いじめられる側は、自分というものがあって他人を一切気にしないんだ。

世界中のみんなが、自分というものを持って、他人を気にしなくなればいいのにネ。

って、イジメ撲滅の正解はこれなのでしょう、きっと。





あなたは、まだまだ質問攻めが足りないですか。

そして、それを一体、どうやったら止めてくれますか。

もうイジメは止めてください。って、そうストレートに、そして何度も何度も言えば分かって貰えるのですか。

言っていること分かって頂けますよね。





あなたがやっていることは、りっぱなイジメです。

継続すれば、人をも殺せます。

そんな自覚も意識も無いようですので、当方は、あなたの行状を時間を掛けて視覚で捕らえられるようにここに記録したのです。

あなたのやっていることを、あなたの姿を鏡に映すかのごとく、ここに永遠に(いや、永遠と思える程長く)とどめ置きますので、一度通しで読んでみてください、時間を置いて。

あなたが一体どのような人間なのかを、今までの人生で、あなたに誰ひとりとして指し示せなかったでしょうが、当方はこうして教えることができる能力に恵まれています。(教える能力って、偉そうに言ってしまいましたが、つまりは、ただ時間を掛けて書くことが出来るっていうだけのこと。)





ここまで大きく発展させて書いているのも、「この世からイジメが無くなればいいのに」と気まぐれですが、そう思ったからのこと。

高級な使命感や、高潔な志などはありませんが、ただ単純に書きたいなと思ったからのこと。(いつまでそう思い続けているか、保証の限りじゃありませんが。)

他人を気にせず、非難しなくなれば、イジメなんてもんじゃない、この世から争いごとがなくなります。

果たして、この渾身の一滴で、一体何人がイジメを止めることだろうか。

あなたが他人を非難しなくなれば、イジメ撲滅へと一歩前進なのは間違いないのですが。





さて、イジメの責任は誰に存在するか?

これは、国民全体、我らひとりひとりに有るのでしょう、きっと。

その理由は?

我々は、いじめが有るのを承知の上で放置し、また見ぬ振りをして、結局はイジメを助長し、甘えの構造を作って来たからです。

うーん。

なんかクソ真面目で表現が硬いな・・・まあいいか、そんな細かいことは。





我々ひとりひとりに、イジメが振りかかったその瞬間に、我々は、「イジメは犯罪である」、「イジメは殺人につながるんだ」という意識で、ひとつひとつ潰しておく必要があったのです。

そう、イジメが息吹(いぶ)いた若葉の頃に、です。

先程も申しましたが、いじめっ子達には、ネット上で流すとかして、それ相応に痛い目に会って貰っておく必要があったのです。

そうしておかないと、こちらが殺されてしまうのですから、まあ、真剣勝負ですね、これは。「痛い目に会って貰っておく」なんていう余裕は無いですね。

我らが、イジメ潰しを怠(おこた)ったがために、彼らは、学校を卒業しているのに、いまだに他人に興味を抱(いだ)き、「うざい」とか「むかつく」なんて言葉を、何の悪びれも、1ミリの罪悪感も抱かず、普通に投げ掛けたりするのです。





学校は卒業したんでしょ。

じゃーもう、自分らしく生きても誰も文句は言いませんよ。

って言ってあげたいけど、皮肉なもんですネ。

学校を卒業してもなお、自分らしく生きている人間に、文句を言っているのはその人自身なんですものネ。

さてさて、自分で自分自身の姿が見えますかどうか。





次には、ひとつひとつ個別にイジメを撃退しておく他は、自分自身の姿が自分で見られるようになって貰わなければなりません。





自分には何も無い。

だから、他人を気にする。

それがイジメとなる。

だったら、自分だけの軸を持てばいいんだ。





そう、自分だけの価値観を持てば、イジメたりは致しません。

ということを教えてあげればいいのです。

って、またしても、「教えてあげれば」ってな偉そうな表現になってしまいましたが、「じゃー、教えるのがいけなきゃ、一体どうすればいいの」って問われれば、これまたまたしても、答え無き混沌へと逆戻りです。

「イジメはいけない」と言うけれど、ここら辺の構造を明かしてあげなければ、理解できないでしょうに、ネ。

だから、ここは「教える」という高圧的な言葉になってしまうのです。どうかご理解の程を。





じゃー、じゃー、イジメをしない体質にするにはどうすればいいのでしょう。

って、ここまで突っ込んで言える人はそうそうには居ませんね、さすがに。

「いじめはいけない」なんて上辺の言葉は、学校の先生でも親でも役人でも言えますが、「イジメをしなくなるにはどうすればいいか」なんてことは言えるもんじゃありません。

って、随分もったいぶりましたが、実は既に申し上げておりますように、「ホームページを持とうじゃないか」ということです。





ホームページを持つ。

コンテンツは自分の好きなこと。

しかし、自分には何も無い。

探す。

見つかる。

自分の好きなことを好きなように自由に表現する。

読者が増える。

自信が付く。

ホームページを離れてた実社会でも、自由に振舞えるようになる。

例えば、いじめられる。

ホームページを使って、いじめっ子に反撃し、いじめは割に合わないことを知って貰う。

また、己のコンテンツとして利用する。

究極的には、いじめっ子に自分軸を見付けて貰って、いじめを卒業して貰う。





この他、ホームページ自体がお金を生み出すとか、その上、相続税がかからないとか、どこへも持ち運びが可能だとか、などなど、追求すればそれなりの反応が返ってくるものです。





この世の中は、いじめはいけないなどと口では平気で言いながら、他人の人生へも平気で介入しては一向に自由になせない、そんな風に建前ばかりで生きている人間が大勢いるもの。

彼らを、そのまま放置しておけば、我ら自由な人生の謳歌者の、確実な敵とはなるものの、でもものは考えようです。

その真理を逆手にとってしまえば、これほど心強い存在も、またございません。

彼らが、我らのホームページの読者に廻ってしまえば、「いじめはいけない」などと平気で建前を言ってくれる、心強い味方へと変身するのです。

人を殺すほどの建前も、人を助けるほどの建前に変化するのです。

 





読者からの感想

いじめ問題の構造解明&いじめ対策決定打 投稿者:ロピヲ 投稿日:2008/09/01(Mon) 18:23


「いじめ問題の構造解明&いじめ対策決定打
↑ここを読んだのですが「いじめられっこ」がいじめられる理由がわかる気がしました。





 
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