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我が子の教育に関しては、我の能力しだいでしょうか。
国や学校や教師がどのような能力を以って、何をしてくれるのか、何をしてくれようとしているのか、なんてそんなこと考えるだけでも時間の無駄です。
これらは、自分の一生を賭してもコントロール不可能です。
他人には決して頼らない、ましてや学校や国なんか決して信用しない。
我が子を教育するのは、コントロールできる己しかいないのです。
では、学校に行かせないということですか?
いいえ、違います。
コントロールできないところでは、何をされても仕方がありません。
それはそれとして甘んじて受け、軌道修正は己がしてあげればよいでしょう。
では、子供に自分の価値観を押し付けると言うことですか?
いいえ、違います、と答えると思ったでしょうが、でもここは、イエスです。
はい、己の価値観を押し付けます。
世の中の人間のほとんどは、己の一生を賭したとしても何ひとつ価値観を見い出せず、挙句の果てに、大事な我が子に、ただただ勉強することと、お金を儲けることのみを教えてくれたりなんかして、余計なことをしてくれちゃったりするのです。
そんなのが人生じゃない。
我が方は、人生とは好きなことを見つけ出し、それをすることなんだ、と教えます。
自分の価値観を押し付けけると言っても、子供の可能性を狭める訳じゃない、広げてあげるんです。
国や学校のシステムや教師の能力に任せていたら、何の意思の存在も無く勉強し、無意味に金儲けする人間に仕立て上げられ、十代そこそこで人生を終わりにされます。
と、時間を省略してちょっと想定問答してみました。
有り難いメール、貴重なご意見ありがとうございました。
コントロールできないことは出来ないこととしても、熱意を込めれば徐々には動く筈。
でも、己をコントロールする人間が、我であったり、あなたであったり、彼であったり、彼女であったりと、みんながコントロールし出せば、コントロールできない対象は、たちまちの内に無くなり、すべてがうまく行く、すなわち、すべてがコントロール出来る訳。
これって、理想論ですか?
ではやっぱり、コントロールするのは己ひとりにとどめておきますか、なんてことを思ったりもします。
世の中には、コントロールできないものがいっぱい有るのに、己ひとりをコントロールするしか出来ない。
そして、己ひとりをみんながコントロールし出せば、世の中からコントロール出来ないものは無くなってしまう。
これってマジック?まるでトリック?
結局は、国や学校などの遠くを語るんじゃなくて、己のやるべき仕事は、目の前の己をコントロールすることであったというお話ですね。
いや、遠くのものを語っちゃいけないってことを言ってるんじゃありません。
熱意のこもったホームページは、光り輝く貴重な個性の現れであって、そういう風に好きなことを自由に表現しているのを見るのは、爽快で楽しいです。
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