なくせない。
単なる被害やら、感情の側面のみを考えても仕方がない。残念ながら一定の役割を持っていじめが社会に受け入れられている既成事実がある。
困った事に、
(1)機会の強制再分配機能
(2)社会の統制機能
等の役割と複雑に絡み合っており、単純に社会から悪として切り離せない点が難題。特に、現場ではいじめが悪の位置づけで我々の目の前に提示されるのはまれ。各人が割りを喰うのを避ける為に恣意的に利用される正義がこの問題の本質だ。
いじめをなくすといってもそうは単純じゃない。現状のいじめをなくすということは、別の人間が新たに割を食う事を意味しているし、過去経験してきたいじめに折り合いを付けてきた人間の努力を無にする or 間接的にせよ批判する事になってしまう事も想定しないと手の議論は発展性がないかもしれない。
加え、善又は中間の立ち居地から行使される干渉であることが、いじめの解決を困難にしている。なまじっかの器量で対応しようとすれば、攻撃側の善悪の基準を丸々取り込んだ過剰適応型になるか、相手の事情を一切鑑みずに只管結果論だけで突き進むgoing my way型を取るかしかの二者しかない。極端とも取れるが、9割方の人間は聖人様でもなければ、100年に1人の逸材でもなんでもない。頭数で上回る相手に対して、人格・能力の全てのスペックを上回って問題解決を図るなど望むべくもなし。ただ、この2者のどちらかでも取れる人は寧ろ幸運な方なのだがね。
つまり、
なくすかどうかの議論に関しては、境界線上の人間や元いじめられっ子達が解決を阻む可能性が高いし、当人の自助努力という点では、自力解決の気力やら手段を奪い取らないいじめなんてのはそもそも考えられないので、あまり決定的な解決にはならないよな。
http://www37.tok2.com/home/easygoing/